それからは母からの制圧がますます強くなり、高校生の頃はほとんど勉強だけをして過ごしました。

 

 

母は口癖のように

「絶対に資格職に就きなさい」

「お母さんのような職種(母は元看護師)は絶対にダメ」

「大学は難関大学じゃないと意味がない」

「職種は理系なら医師、文系なら弁護士じゃないと意味がない」

と言っていました。

受験生だった頃に繰り返し、強く言われていたのは、

『人から指図されるような仕事は本当に大変だから、絶対に人の上に立つ仕事につきなさい』

ということでした。

 

 

私の姉は母の希望と全く別の進路を選び、

私は比較的有名な地方国立大学の歯学部に進学しました。

姉よりも母の希望に近い進路だったこともあり、強い否定はされなかったものの、

「なぜ大阪大学を受けなかったのだ」

「なぜ医学部じゃだめなんだ」

「考え直しなさい」

と言われていました。

 

 

この時すでに、毒親という言葉は知らないものの、

「母の側では私は自分らしくいられない」

「私の意見も存在も全て否定されてしまう」

「絶対に実家を出たい」

という強い感情があり、私は実家からは到底通えない遠方の大学を選びました。

母が希望していた大学や学部とは違いましたが、

私にとっては第1希望の進路で、憧れの大学に進学できたのは本当に嬉しかったです😊

中学生の頃からずっと親に反抗的だった私が、初めて親にこの大学に行かせてくださいと頭を下げ、実家を出ました✈️
 
 
 

私の母は、父との結婚前はICU(集中治療室)で勤務する看護師でした。

看護師時代、目の前で患者さんが苦しんでいて対応法もわかっているのに、医師の指示がなければ実施してはならない資格の制約に苦しんだそうです。

私に看護師は絶対にダメだと言ったその言葉の裏には、『自分の判断で人を助けられる立場になってほしい』という母の想いがありました。

私は口腔外科で勤務していた頃に、医科のドクターと連携して治療にあたっていましたが、私には医師ではなく歯科医師が合っていると感じています😊

専門科にもよりますが、日々人の命を預かる医師の仕事は本当に重労働で、ものすごく気力も体力もいります。

もし私に子どもがいたとしても、容易には勧められません💦
 
 
 
 

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